都内住んでいてもなかなか乗らない交通機関の一つである、「日暮里・舎人ライナー」。日暮里から乗り込み北上していき、谷在家駅で下車する。東西に伸びる五色桜通りを西に進んでいくと、皿沼不動尊こと永昌院のお目見えだ。
永昌院の創建年代は不明だが、寶蔵寺の墓域を管理する御堂として草創されたものと伝わる。足立区には鹿浜と東和に「寶蔵寺(宝蔵寺)」があるが、どちらかを指すのか、あるいはそれ以外かはよくわからなかった。どちらも江戸時代以前の創建である。
寛永2年(1625年)に上野寛永寺が創建されると、幕府直轄の舎人領であった鹿浜から皿沼一帯は寛永寺領として寄進され、多くの寺院が建立された。この時期には阿弥陀仏の念仏講を中心としていたが、元禄年間以降の成田山信仰流行に伴い、講社を結成して成田山から「御前立不動明王」を勧請した。これが不動尊としての起源となる。慶応3年(1867年)に創建し、明治時代に中興され、天台宗寺門派となった。
近年になって現在の本堂である三心殿を竣工し、本尊の不動明王を新調した。階段を上がって2階から本堂に入ると、欅の一本彫で作成された日本最大級の大きさを誇る御前立不動尊を拝見できる。
境内には六地蔵尊と写真に見切れているが左手に梅ノ木稲荷がある。稲荷は創建時に勘定されたものと伝わり、御神体が梅の木に刻まれているという。
明治2年(1869年)建立の三界萬霊供養塔。どろぼう塚と刻まれており、毎年6月1日にはどろぼう塚供養とも言われる護摩行が行われている。
霊場
皿沼山 永昌院 皿沼不動尊
所在地:東京都足立区皿沼1-4-2
三十六童子:僧守護童子(そうしゅごどうじ)
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