歴史と散歩とポタリングと
気の向くままにつらつらと。
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2023/03/13
【雑記】市区町村版経県値をつくろう!
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地理好きの方なら誰でも知っている「 都道府県市区町村 」というサイト。地理に関わる様々なデータが参照できるサイトで、そのデータの豊富さもあり多くの地理好きに利用されている。 様々なコンテンツがある中の一つに「 経県値 」というものがある。これは、これまで自分が訪問した都道府県を色...
2023/01/21
【資料】月待対応表
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散歩をしているとよく見かける「月待塔」。 集落や仲間が特定の日の夜に集まって、夜を寝ずに過ごすことで悪霊を追い払おうという民間信仰を行った証として建てられていることが多い石碑である。 「講」と呼ばれる集会を行う月齢を当たり日といい、「十九夜」や「廿三夜」などの形で石碑に彫られて...
2022/09/01
【埼玉】たった14年間の命だった「武州鉄道」の路線計画変遷を追う
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埼玉県に開業からたった14年で廃業した私鉄があった。 その名を「武州鉄道」と言い、当初は東京都内から日光を目指す路線として計画されていたとされる路線である。しかし、実際には資金難などにより部分的な開業や計画変更を繰り返し、最終的には短期間での廃業を余儀なくされてしまった。 今回は...
2022/08/13
【歩き旅】北国街道 Day4 その③
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「十五丁」と刻まれた石が置かれていた。この善光寺までの距離を表した丁目石をカウントダウンしながら善光寺を目指す。 かるかや山前交差点を超えた右手に西光寺がある。創建した苅萱(かるかや)上人には妻子がいたが、出家後に訪問されるのを嫌い、それまでいた京都から高野山へ移る。子の石堂丸が...
2022/08/12
【歩き旅】北国街道 Day4 その②
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丹波島橋で犀川を渡る。明治6年(1873年)に46艘の船を並べた舟橋が架橋され、明治23年(1890年)には木橋が架けられた。当初の舟橋・木橋は民間会社で運営されていて有料だったが、明治30年(1897年)に県に移管され、無料の橋となった。現在の橋は昭和61年(1986年)に架橋...
2022/08/11
【歩き旅】北国街道 Day4 その①
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4日目は川中島駅よりスタート。川中島駅交差点で街道へ復帰する。 少し進むと左手に新田共同井戸がある。明治10年台に新田組二十三戸の共同井戸として採掘されたもの。昭和30年(1955年)に上水道が整備されるまで常用されていた。 丹波島交差点の手前に「浄生庵」の扁額がかかったお堂があ...
2022/08/10
【歩き旅】北国街道 Day3 その④
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屋代信号で国道18号に合流する。「市道升の浦線」の案内に沿って側道に入り、用水路沿いの道を進む。北陸新幹線の線路を頭上に見ながら、長野自動車道更埴ICのトンネルを抜ける。土手に突き当たるがかつてはこの道の延長線上を屋代の渡しで千曲川の対岸に渡っていた。ここからかなり東に迂回してい...
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