歴史と散歩とポタリングと
気の向くままにつらつらと。
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2025/07/07
【歩き旅】北国街道 Day8 その②
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往時は蛇行していた街道も、現在では快適な直線道路に姿を変えている。そして春日新田西のバス停がある変則十字路には「春日新田宿場跡」の説明板がある。このまま北上すれば直江津港だが、街道はここで90度折れ、日本海と適度な距離を取りながら東に進んでいくことになる。 この交差点はかつては丁...
2025/07/06
【歩き旅】北国街道 Day8 その①
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前回の北国街道散歩からほぼ1年後、再び高田駅に舞い戻ってきた。天気はすこぶる快晴だが、これが今回の歩き旅で波乱をもたらすことになろうとは。 高田宿を北へ向かい、前回歩いた奥州道と北陸道の分岐地点までやってきた。今回の歩き旅では、ここから西へ奥州道を進むこととする。 城下町らしく左...
2025/03/19
【埼玉】「吉川市は『川』がついてるから危ないですよ」と言われた話
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先日ポストした梅田の件 と同様、地名からその土地の特徴を判断するのはどうなのかという話。 少し前に、訳あって不動産屋と話す機会があった。 担当してくれた方は埼玉県全域を主戦場にしていて、様々な駅前の雰囲気であったり、各自治体の財政状況であったりを具に紹介してくれて、これまで相対し...
2025/02/18
【雑記】「梅田」は骨を「埋めた」から「埋田」だ、という都市伝説の生まれ方
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いつの頃からか、自然災害が起きる度に、「地名」から災害リスクを推定することができるという話がX(旧Twitter)やらニュースやらで話題になることが増えてきている気がする。 分かりやすい例を挙げると、「川」や「沼」が付いている地名は、かつて湿地帯や水辺だった可能性が高いので、水害...
2024/11/03
【歩き旅】北国街道 Day7 その④
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本町まで戻ってきた。ここから司令部通りを東に進み、高田城へと向かっていく。司令部通りは明治41年(1908年)に陸軍第13師団司令部が高田城に入城した際に、城から街道までの道筋を直進できるように整備したことにちなんでいる。 市の橋で青田川を渡る。青田川は高田城の外堀の役目を果たし...
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