気の向くままにつらつらと。

歩きや自転車で巡った様々な場所を紹介します。ついでにその土地の歴史なんかも調べてみたりしています。

※当サイトに掲載されている内容は、誤植・誤り・私的見解を大いに含んでいる可能性があります。お気づきの方はコメント等で指摘して頂けると嬉しいです。

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2023/08/29

薩摩街道・豊前街道 Day1 その③


 
乙隈公民館の敷地に「御大典記念」と刻まれた円柱状の道標があった。大正天皇即位の御大礼を記念して大正4年(1915年)に建立されたもの。近隣の村々までの距離が刻まれており「松崎 一里五町五十六間、小郡 二里七町、甘木三里八町」などとある。


県道53号を南下し、草場川を御原川橋で渡る。


そのすぐ先で道路工事が行われていた。後ほど知ったが、平成28年(2016年)の道路工事で丁度この街道沿いで全長約90mの石垣と石敷が発見されている。これは野越堤と呼ばれ、草場川の氾濫から街道を守るために江戸時代頃に築かれたものと考えられている。


大正4年(1915年)に地元青年団によって建てられたと見られる道標がある。左には「干潟 石櫃 山家 二日市…」右には「本郷 田主丸 松崎 久留米…」と刻まれているように見える。先程の御大典記念と合わせて建立されたものだろうか。


「一里木」という名前のバス停があり、その先に「一里塚跡」の説明板があった。ここ干潟(ひかた)の一里塚は、寛延3年(1750年)に有馬藩によって一里塚が築かれた記録が残っている。しかし、その後ほとんど手つかずの状態となり、天明年間(1780年頃)には早くも大半が原型をとどめないほど荒廃してしまったという。


街道は小郡市立立石小学校と立石中学校の間を抜けていく。ここに「立石村尋常小学校建築記念碑」がある。すぐ近くには戦時中の立石国民学校時代の「奉安殿(天皇・皇后の御真影や教育勅語の謄本を納めていた建物)」が移設されている。戦後のGHQの命令により全国の奉安殿は処分することとなっていたが、別の用途として転用する場合は処分を免れることができ、立石国民学校の奉安殿は道を挟んで向かいにあった立石村役場の金庫に転用されることとなった。


近くには平成27年(2015年)に設置された薩摩街道の案内板があり、この道が街道であることを再確認できる。


バス停「三軒屋」を横目に街道っぽいなと思いつつ、九州横断自動車道をアンダーパスする。左手に見える祠には地蔵が鎮座していた。麦わら帽子がファションの決め手。


地蔵祠の道を挟んで反対側が霊鷲寺(りょうじゅうじ)の境内となっている。霊鷲寺は後二条天皇の勅願寺として西牟田(筑後市)で創建したが、延宝8年(1680年)に有馬豊祐が松崎藩主となった際、菩提寺としてこの地に移転したものである。勅願寺で格式が高いことから、参勤交代で通行する際、大名も駕籠や馬から降りて礼拝したという。

境内の改修真っ只中のようで、所々に資材が散らばっている。楼門までの約100mの参道は杉並木となっている。


参道を抜けると瑞松山の扁額が掲げられた楼門が建っている。楼門は平成26年(2014年)に改修を行っており、その際に旧楼門の資材を部分的にそのまま利用している。

2023/08/28

薩摩街道・豊前街道 Day1 その②



道路新設碑があった。この隣の県道595号の整備の際に建てられたものだろうか。旧道はこのすぐ先で天神川に阻まれるので県道の橋を渡って旧道に戻るが、またすぐに県道に合流する。


漢字が読みにくいからか、ひらがなの「いしびつ」交差点を通過。県道に沿って流れる川に架かる橋は「向原橋」であることが、半分埋まった標柱からわかる。


丸町の集落を越えたあたりから先の旧道は、水田開発によってほとんど失われてしまっているようだ。とりあえず丸町を抜けたところで県道593号に乗り換えて南東方面へ進む。曽根田川の手前で南西方向へ転換する。


田んぼの脇にあった石祠には右手に青面金剛らしき像、左手に石碑か何かが鎮座していた。生モノが備えられていたり花が取り替えられているところを見ると、信心深い方によって参拝されているようである。


田んぼの合間の道を進む。県道53号にあたったところで左に曲がり、東小田橋で曽根田川を越え、右折する。


ここに水神社がある。国土地理院の地図によれば水神社前に橋がかかっており、そのあたりから旧道が復活していたのだが、2022年現在にはかかってない。


旧石橋集落を抜け、旧馬市集落に入る。現在では朝倉郡筑前町東小田から筑紫野市西小田に入る異なる。「小田」という地名が市町をまたいで分かれている形となる。

石造りの蔵の前に「駄祭記念碑」と刻まれた碑が置かれていた。「駄祭」とは農耕に利用した牛馬に感謝する祭りのことで、「ダブリュー(駄風流・駄糞流)」とも呼ばれる。周辺の各集落でも伝統的に行われていたようだが、戦後あたりから実施する集落は激減し、現在ではどの程度残っているのか計り知れない。また、この記念碑は執筆現在は近くの馬市天満宮の敷地へ移設されている。


牟田川を馬市橋で渡り、しばらくすると2本の石碑がそびえ立っている。「従是北筑前国」、「従是南筑後国」とあるように、これは筑前国と筑後国の境界を示す境界石である。かつては木の杭であったが、 18世紀中頃には小型の石柱に変わり、19世紀中頃までに現在の花崗岩製の石柱に建て替えられたという。現在では筑紫野市西小田と小郡市乙隈の市堺となっている。




2023/08/27

薩摩街道・豊前街道 Day1 その①


 
JR筑豊本線・筑前山家駅に到着。一日の利用者数が平均25人の無人駅である。少し前まで雨が降っていて、これからも降り出しそうな天候で、この先の行程が少々思いやられる。


今回の起点に定めた場所までは駅から国道200号に沿って南西に進んでいく。


間片交差点手前の複雑な分岐路に「山家宿番所跡」と「長崎街道」の案内板がある。山家宿は筑前六宿の一つとして、慶長16年(1611年)頃に整備された宿場である。番所は浪人を取り締まるための施設で、元治元年(1864年)に福岡藩によって主要な宿場に設置された。今回の旅のスタート地点はここを長崎街道と豊前街道の分岐点として、以降豊前街道を進んでいく。


豊前街道は国道を挟んで向かい側の道を進んでいくが、「豊前街道」の文字が見えないので些か不安ではある。筑豊本線の大又踏切を渡る。


田園風景の中を進み、蔵役集落へと差し掛かる。集落の脇には祠と猿田彦大神碑と見られる石碑。


すぐ隣の一角にも猿田彦大神と恵比寿像が並ぶ。このあたりは江戸時代より猿田彦信仰が盛んだったようで、猿(申)繋がりで、いわゆる庚申信仰と同一視されていたようだ。


そのすぐ右手にある碑には「従是南九町三十間 孝子彌四郎墓」とあるようだ。孝子彌四郎は江戸時代に朝日村(現:朝倉郡筑前町大字朝日)に生まれた農民で、親孝行や思いやりに溢れた人柄が評判となり福岡城主から年貢免除の褒美を与えられている。墓はここから南西の朝日薬師堂にある。


蔵役交差点で国道200号を横切る。右手に広場があり、「古市彦太夫の墓」がある。古市彦太夫は中牟田村(現:朝倉郡筑前町中牟田)の宮崎家の家臣で、農業用水を大改良して中牟田村の農業の発展に貢献した人物である。


山家宿の下宿として賑わった石櫃(いしびつ)集落を進むと、追分の道標が現れる。これは江戸時代初期に建立された道標で、「右 肥後薩摩道 左 豊後 秋月 日田 甘木道」と刻まれている。この道を直進すると、日田街道や甘木往還と呼ばれる道となる。今回はここを右折して肥後薩摩道の方へと向かう。

2023/08/26

【歩き旅・ルート】薩摩街道・豊前街道



豊前街道は肥後・熊本を起点に豊前・小倉へ至る道とされる。江戸時代頃に長崎街道が整備されると、長崎街道との追分である筑前・山家(やまえ)までを豊前街道と称すことも増えてきた。

豊前街道は熊本(肥後藩)から北上する目線での呼び名だが、小倉から熊本を経由して鹿児島へと至る道という意味で「薩摩街道」という呼称もある。さらに鹿児島より先、薩摩半島をぐるりと周って坊津(坊泊)まで延びる道ということで「坊津街道」と呼ばれることもある。

また、豊臣秀吉が薩摩島津氏を征伐するために利用したことを機に一部区間では街道の整備が進み、「太閤道」とも呼ばれている。

江戸時代には宇土藩、八代藩、薩摩藩、人吉藩などが参勤交代で利用した(熊本藩の参勤交代は、まず豊後街道を経由して鶴崎(現:大分県大分市)へ向かい、そこからは船を使って瀬戸内海を経由して大坂まで向かっていた)。

明治に入り西南戦争が勃発すると、街道は軍隊の移動路として利用され、時折街道沿いでも衝突が起きるようになる。熊本に南下していくにつれ、新政府軍と薩摩軍が激戦を交わした痕跡が街道沿いに現れてくるのも九州の街道ならでは。

また歩行の1年前、平成28年(2016年)4月には熊本地震が発生。その現状をこの目で見ておくというのも目的の一つとなっている。

今回は豊前街道を熊本から山家とし、山家から南下する形で熊本まで向かうルートを採った。


ルート

山家(長崎街道追分)ー松崎ー府中ー羽犬塚ー瀬高ー原町ー南関ー山鹿ー味取新町ー熊本

1日目 2017/08/14 山家〜松崎 その① その② その③ その④
2日目 2017/08/15 松崎〜羽犬塚 その① その② その③ その④
3日目 2017/08/16 羽犬塚〜南関 その① その② その③ その④
4日目 2017/08/17 南関〜山鹿 その① その② その③ その④
5日目 2017/08/18 山鹿〜熊本 その① その② その③

参考文献

ちくしの散歩|筑紫野市
小郡市の歴史と文化を守る会

2023/08/08

【資料】埼玉県の市区町村変遷(概要)


埼玉県の市区町村の変遷を概要レベルで一覧化しています。

市区町村施行日1889以前1889 町村制施行その後
さいたま市2001.5.1浦和宿 大宮宿・土手宿村・上天沼村・下天沼村・高鼻村 与野町・小村田村・下落合村・上落合村・中里村・大戸村・鈴谷村・上峰村・八王子村・円阿弥村浦和町 大宮町 与野町
川越市1922.12.1川越城下・松郷・東明寺村・小久保村・脇田村・小仙波村・寺井村 ・野田村川越町
熊谷市2005.10.1熊谷町・石原村熊谷町
川口市1933.4.1川口宿→(1875)川口町川口町
行田市1949.5.3成田町・行田町・佐間村忍町(1949)忍市
秩父市2005.4.1大宮郷大宮町(1916)秩父町
所沢市1950.11.3所沢村→(1881)所沢町所沢町
飯能市1954.1.1飯能村→(1882)飯能町飯能町
加須市2010.3.23加須村→加須町加須町
本庄市2006.1.10本庄宿本庄町(1954)本庄市
東松山市1954.7.1松山村→松山町松山町(1954)東松山市
春日部市2005.10.1粕壁宿粕壁町(1944)春日部町
狭山市1954.7.1入間川村 南入曽村、北入曽村、水野村 堀兼村、青柳村、加佐志村、東三ッ木村、上赤坂村、中新田村 上奥富村、下奥富村、柏原新田 柏原村 根岸村、上広瀬村、下広瀬村、笹井村入間川村 入間村 堀兼村 奥富村 柏原村 水富村(1954)狭山市
羽生市1954.9.1羽生村→羽生町羽生町(1954)羽生市
鴻巣市1954.9.30鴻巣宿鴻巣町(1954)鴻巣市
深谷市2006.1.1深谷宿深谷町(1955)深谷市
上尾市1958.7.15上尾宿・上尾村上尾町(1958)上尾市
草加市1958.11.1南草加村・北草加村草加町(1958)草加市
越谷市1958.11.3越ヶ谷町越ヶ谷町(1954)越谷町
蕨市1959.4.1蕨宿蕨町(1959)蕨市
戸田市1966.10.1上戸田村・下戸田村戸田村(1957)戸田町
入間市1966.11.1豊岡町(1956)武蔵町
朝霞市1967.3.15膝折村膝折村(1932)朝霞町
志木市1970.10.26志木宿志木町(1944)志紀町
和光市1970.10.31上新倉村 下新倉村・白子村新倉村 白子村(1943)大和町
新座市1970.11.1大和田町・野火止村・北野村・菅沢村・西堀村 片山村大和田町 片山村(1955)新座町
桶川市1970.11.3桶川宿桶川町(1970)桶川市
久喜市2010.3.23久喜本町・久喜新町・上早見村久喜町(1971)久喜市
北本市1971.11.3東間村・北本宿村・深井村・山中村・古市場村・北中丸村・常光別所村・花ノ木村 下石戸上村・下石戸下村・石戸宿村・荒井村・高尾村中丸村 石戸村(1943)北本宿村
八潮市1972.1.15上馬場村・中馬場村・大原村・大曽根村・浮塚村・西袋村・柳之宮村・南後谷村 伊勢野村・二町目村・木曽根村・南川崎村・大瀬村・垳村・古新田 八条村・鶴ヶ曽根村・松之木村・伊草村・小作田村・立野堀村八幡村 潮止村 八条村(1956)八潮村
富士見市1972.4.10鶴馬村・勝瀬村 上南畑村・下南畑村・南畑新田・東大久保村 水子村・針ヶ谷村鶴瀬村 南畑村 水谷村(1956)富士見村
三郷市1972.5.3彦成村・番匠免村・上口村・彦倉村・彦糸村・彦野村・下彦川戸村・上彦川戸村・上彦名村・彦音村・彦沢村・彦江村・花和田村・谷口村・采女新田村 丹後村・谷中村・後谷村・小谷堀村・前間村・駒形村・南蓮沼村・笹塚村・岩野木村・幸房村・茂田井村・大広戸村・仁蔵村・半田村・田中新田村 戸ケ崎村(戸ケ崎一丁目付近)・境木村・三九村・酒井村・長沼村・寄巻村(鷹野五丁目付近)・前川村・鎌倉村(鷹野五丁目付近)・前谷村 長戸呂村(鷹野一丁目付近)・下新田村(高洲一丁目付近)・徳島村(鷹野一丁目付近)・樋野口村(鷹野一丁目付近)・久兵衛村(高洲二丁目付近)・高須村(高州三丁目付近)・小向村(高州四丁目付近)・八町掘村・壱本木村・大膳村・横堀村・市助村彦成村 早稲田村 戸ケ崎村 八木郷村(1956)三郷村
蓮田市1972.10.1蓮田村 貝塚村 閏戸村綾瀬村(1934)蓮田町
坂戸市1976.9.1坂戸村・浅羽村・片柳新田・片柳村・上吉田村・栗生田村・関間新田坂戸村(1896)坂戸町
幸手市1986.10.1幸手宿・内国府間村幸手町(1986)幸手市
鶴ヶ島市1991.9.1脚折村・三ッ木村・三ッ木新田・五味ヶ谷村・戸宮村・大塚野新田・高倉村・町屋村・藤金村・上新田村・中新田村・下新田村・上広谷村・太田ヶ谷村鶴ヶ島村(1966)鶴ヶ島町
日高市1991.10.1高麗村 高麗川村 高萩村(1955)日高町
吉川市1996.4.1吉川村 旭村 三輪野江村(1915)吉川町
ふじみ野市2005.10.1福岡村・中福岡村・福岡新田・駒林村・川崎村 大井町・亀久保村・苗間村・鶴ヶ岡村福岡村 大井村
白岡市2012.10.1篠津村・野牛村・白岡村・寺塚村・高岩村 上大崎村・下大崎村・柴山村・荒井新田篠津村 大山村 岡泉村・実ケ谷村・千駄野村・小久喜村・上野田村・下野田村・爪田ケ谷村・太田新井村・彦兵衛村(1954)白岡町
伊奈町1970.11.1小針新宿村・小針内宿村・大針村・羽貫村 小室村小針村 小室村(1943)伊奈村
三芳町1970.11.3上富村・藤久保村・竹間沢村・北永井村三芳村(1970)三芳町
毛呂山町1955.4.1川角村・西戸村・市場村・箕和田村・西大久保村・大類村・苦林村・下川原村 毛呂本郷・長瀬村・小田谷村・前久保村・岩井村 滝野入村・権現堂村・阿諏訪村・大谷木村・宿谷村・葛貫村川角村 毛呂村 滝野入村(1939)毛呂山町
越生町1955.2.11越生・上野・如意・黒岩・西和田・大谷・鹿下・成瀬村・古池村越生町
滑川町1984.11.3福田村、山田村、和泉村、菅田村、土塩村 羽尾村、月輪村、水房村、中尾村、伊古村福田村 宮前村 (1954)滑川村
嵐山町1967.4.15菅谷村・志賀村・平沢村・遠山村・千手堂村 ・鎌形村・大蔵村・根岸村・将軍沢村菅谷村
小川町1955.2.11小川村・西大塚村・下里村・角山村小川町
川島町1972.11.3中山村・吹塚村・南園部村・北園部村・正直村・戸守村・長楽村 上伊草村・伊草宿・下伊草村・角泉村・安塚村・飯島村 平沼村・白井沼村・紫竹村・宮前村・上狢村・下狢村・釘無村・新堀村・吉原村・表村 出丸本村・出丸中郷・出丸下郷・西谷村・曲師村・上大屋敷村・下大屋敷村 上八ツ林村・下八ツ林村・畑中村・三保谷宿・山ヶ谷戸村・牛ヶ谷戸村 上小見野村・下小見野村・加胡村・松永村・谷中村・梅之木村・虫塚村・一本木村・鳥羽井村・鳥羽井新田・東大塚村中山村 伊草村 三保谷村 出丸村 八ツ保村 小見野村(1972)川島町
吉見町1972.11.3横見郡43ヶ村東吉見村 西吉見村 南吉見村 北吉見村(1954)吉見村
鳩山町1982.4.1今宿村・大豆戸村・赤沼村・石坂村・小用村 高野倉村・熊井村・泉井村・竹本村・須江村・奥田村・大橋村今宿村 亀井村(1955)鳩山村
ときがわ町2006.2.1桃木村・関掘村・田中村・別所村・本郷村・番匠村・馬場村・瀬戸村・大附村 西平村・雲河原村 大野村・椚平村明覚村 平村 大椚村(1955)都幾川村
横瀬町1984.10.1横瀬村横瀬村(1984)横瀬町
皆野町1955.3.1皆野村皆野村(1928)皆野町
長瀞町1940.2.15本野上村・中野上村・藤谷淵村野上村(1940)野上町
小鹿野町2005.10.1小鹿野町・下小鹿野村・伊豆沢村小鹿野町
東秩父村1956.8.1安戸村・御堂村・奥沢村 大内沢村・坂本村・皆谷村・白石村大河原村 槻川村(1956)東秩父村
美里町1984.10.1広木村・駒衣村・中里村・古郡村・甘粕村・木部村 白石郷・猪俣村・円良田村 阿那志村・根木村・沼上村・関村・下児玉村・南十条村・北十条村・小茂田村松久村 大沢村 東児玉村(1954)美里村
神川町2006.1.1植竹、元阿保、原新田、八日市、関口、肥土、貫井、小浜、四軒在家の各村、熊野堂村 二ノ宮、新宿、池田、中新里、新里 渡瀬、下阿久原、上阿久原丹荘村 青柳村 若泉村(1954)神川村
上里町1971.11.3石神村・忍保村・八町河原村 勅使河原村・金久保村・黛村・毘沙吐村 七本木村・嘉美村・三町村・堤村 藤木戸村・帯刀村・五明村・長浜村・大御堂村神保原村 賀美村 七本木村 長幡村(1954)上里村
寄居町1955.2.11寄居町 藤田村 末野村寄居町
宮代町1955.7.20百間村・百間東村・百間中村・百間金屋原組・百間西原村・百間中島村・蓮谷村 須賀村・和戸村・西粂原村・東粂原村・国納村百間村 須賀村(1955)宮代町
杉戸町1955.2.11杉戸宿・清地村・倉松村杉戸町
松伏町1969.4.1松伏村、田島村、上赤岩村、下赤岩村、大川戸村 金杉村、魚沼村、築比地村松伏領村 金杉村(1956)松伏村

 

2023/05/07

【名所江戸百景】作品の考察と各作品の詳細について



表紙目録:歌川広重

このブログ内で名所江戸百景の各作品についての記事を取り上げることが多々あるので、そのポータル記事をここに作ることにした。 

作品全体について

各作品について

001日本橋雪晴
002霞かせき
003山下町日比谷外さくら田
004永代橋佃しま
005両ごく回向院元柳橋
006馬喰町初音の馬場
007大てんま町木綿店
008する賀てふ
009筋違内八つ小路
010神田明神曙之景
011上野清水堂不忍ノ池
012上野山した
013下谷広小路
014日暮里寺院の林泉
015日暮里諏訪の台
016千駄木団子坂花屋敷
017飛鳥山北の眺望
018王子稲荷の社
019王子音無川堰たい世俗大滝ト唱
020川口のわたし善光寺
021芝愛宕山
022広尾ふる川
023目黒千代か池
024目黒新富士
025目黒元不二
026八景坂鎧掛まつ
027蒲田の梅園
028品川御殿やま
029砂むら元八まん
030亀戸梅屋舗
031吾嬬の森連理の梓
032柳しま
033四ツ木通用水引ふね
034真乳山山谷堀夜景
035隅田川水神の森真崎
036真崎辺より水神の森内川関屋の里を見る図
037墨田河橋場の渡かわら竈
038廓中東雲
039吾妻橋金龍山遠望
040せき口上水端はせを庵椿やま
041市ヶ谷八幡
042玉川堤の花
043日本橋江戸ばし
044日本橋通一丁目略図
045八ツ見のはし
046鎧の渡し小網町
047昌平橋聖堂神田川
048水道橋駿河台
049王子不動之瀧
050角筈熊野十二社俗称十二そう
051糀町一丁目山王祭ねり込
052赤坂桐畑
053増上寺塔赤羽根
054外桜田弁慶堀糀町
055佃しま住吉の祭
056深川万年橋
057三つまたわかれの渕
058大はしあたけの夕立
059両国橋大川ばた
060浅草川大川端宮戸川
061浅草川首尾の松御厩河岸
062駒形堂吾嬬橋
063綾瀬川鐘か渕
064堀切の花菖蒲
065亀戸天神境内
066五百羅漢さゞゐ堂
067逆井のわたし
068深川八まん山ひらき
069深川三十三間堂
070中川口
071利根川ばらばらまつ
072はねたのわたし弁天の社
073市中繁栄七夕祭
074大傳馬町こふく店
075神田紺屋町
076京橋竹がし
077鉄炮洲稲荷橋湊神社
078鉄炮洲築地門跡
079芝神明増上寺
080金杉橋芝浦
081高輪うしまち
082月の岬
083品川すさき
084目黒爺々が茶屋
085紀の国坂赤坂溜池遠景
086四ッ谷内藤新宿
087井の頭の池弁天の社
088王子瀧の川
089上野山内月のまつ
090猿わか町よるの景
091請地秋葉の境内
092木母寺内川御前栽畑
093にい宿のわたし
094真間の紅葉手古那の社継はし
095鴻の台とね川風景
096堀江ねこざね
097小奈木川五本まつ
098両国花火
099浅草金龍山
100よし原日本堤
101浅草田甫酉の町詣
102蓑輪金杉三河しま
103千住の大はし
104小梅堤
105御厩河岸
106深川木場
107深川洲崎十万坪
108芝うらの風景
109南品川鮫洲海岸
110千束の池架裟懸松
111目黒太鼓橋夕日の岡
112愛宕下藪小路
113虎の門外あふひ坂
114びくにはし雪中
115高田の馬場
116高田姿見のはし俤の橋砂利場
117湯しま天神坂上眺望
118王子装束ゑの木大晦日の狐火
119赤坂桐畑雨中夕けい(二代広重)

2023/03/13

【雑記】市区町村版経県値をつくろう!



地理好きの方なら誰でも知っている「都道府県市区町村」というサイト。地理に関わる様々なデータが参照できるサイトで、そのデータの豊富さもあり多くの地理好きに利用されている。

様々なコンテンツがある中の一つに「経県値」というものがある。これは、これまで自分が訪問した都道府県を色分けして表示できるもので、スマホアプリ版が提供されるほど人気のあるコンテンツである。

これを都道府県から市区町村にまで細分化したものが「経県値 市区町村版」。都道府県単位での管理では物足りない地理好きや旅行好きの方に重宝されているのだが、この市区町村版の情報を保存できるユーザは、サイトの掲示板に一定回数書き込んだことのあるメンバーに限定されている。

なにか他の方法を使って同様の情報を出力できないかと調べていたところ、QGISと呼ばれるGISアプリを利用した方法を見つけたので実際にやってみた結果が冒頭の画像である。

作業手順

今回参考にしたのはこちらの記事。ほとんどこの記事の手順通りに実施して、最終的なアウトプットを作成することができた。

自分の場合、
・市区町村ごとの訪問情報の作成:トータル8時間くらい
・QGISを使ったデータの表示:トータル2時間くらい
・パワポに表示して加工:0.5時間くらい
で作成できた。

市区町村の訪問情報は過去約20年分の写真やメールなどの記録から、自分が訪問した場所が確実にわかるものだけをピックアップしてみた。

データの表示部分については、色合いや細かい線のプロパティの調整など、微調整を何度か繰り返したこともあり少し時間がかかったかもしれない。細かい箇所を気にしなければ30分ほどあれば初回のアウトプットはできると思う。

QGISに関する資料は以下のものを参考にした。


データを作るのに時間がかかるが、難しい作業があまりないため、QGISを扱ったことがない方でも簡単に市区町村版経県値を作成することができる(私も今回始めてGISアプリを触った)。

もし興味がある方は是非とも経県値を作って、共有してみてほしい。